絵本のある子育て

ここに、
こんなに かけがえのない
親と子の宝があります。
今、皆さんは、赤ちゃんや幼いひとと、にぎやかな日々をお過ごしのことでしょう。そして、皆さんは、お子さんが、心豊かに、できれば、思慮深く育ってほしいと、願っておられるのだと思います。なにかしら不安の多いこの社会を、人間らしく生きぬいていってほしいとも。

 でも、そのために何をすればよいのか…。世の中には、親の気持ちを急きたて、迷わす情報があふれ、そのなかで、皆さんはこの小冊子を開くことで、絵本というものに出会おうとしておられます。私どもは、皆さんの、この出会いを喜びとします。なぜなら、そこには、子どもの、人としての能力を育て、親と子を幸福と信頼で包む、いくつもの宝が埋もれているからです。

(文 - 川端 強)

絵本・その魔法の力

「家庭に絵本があると、子どもとの時間に変化ができて、子どもといるのが楽しくなります」
「絵本は親と子のよい気分転換です」
「絵本を読んであげるようになって、子どもが一層愛しく思えます」
「子どもと一緒に絵本を楽しんできて、これが私の子育てと、思えるようになりました」

(「童話館ぶっくくらぶ」の親の皆さんの声)

絵本・その魔法の力

 私たちはおよそ三十年にわたり、子どもと絵本にかかわり、その間、たくさんの親の皆さんとも出会ってきました。その方々が、一様に、このように言われます。
 このことは、絵本は子どもにだけ恵みをもたらすのではなく、子どもと一緒に絵本を楽しむ親(大人)へも、同じくらいの恵みをもたらすことを語ってくれています。そうなのです。絵本は、こんなにもふしぎな魔法の力を持っています。
 さて、そこで、私はこれから、この魔法を、少しだけ解いてお見せしようと思うのです。

すぐれた絵本を

絵本・その魔法の力

「家庭に絵本があると、子どもとの時間に変化ができて、子どもといるのが楽しくなります」
「絵本は親と子のよい気分転換です」
「絵本を読んであげるようになって、子どもが一層愛しく思えます」
「子どもと一緒に絵本を楽しんできて、これが私の子育てと、思えるようになりました」

(「童話館ぶっくくらぶ」の親の皆さんの声)

絵本・その魔法の力

 私たちはおよそ三十年にわたり、子どもと絵本にかかわり、その間、たくさんの親の皆さんとも出会ってきました。その方々が、一様に、このように言われます。
 このことは、絵本は子どもにだけ恵みをもたらすのではなく、子どもと一緒に絵本を楽しむ親(大人)へも、同じくらいの恵みをもたらすことを語ってくれています。そうなのです。絵本は、こんなにもふしぎな魔法の力を持っています。
 さて、そこで、私はこれから、この魔法を、少しだけ解いてお見せしようと思うのです。

すぐれた絵本を

すぐれた絵本を

 一般に、絵本というと、「ああ、絵本ね」というように、すぐに〝わかった〟気になってしまえるもののようです。でも、私が、ここでお伝えしようとしている絵本は、そのような絵本とは、ずいぶん違います。
 絵本が、前述のように、魔法の力を持つには、なにより、質の高いものであることが必要です。絵本であればなんでもよい、というわけでは決してありません。

 幼年期の子どもは、たいへんな勢いで成長しています。ですから、その成長の時に、できるだけ質の高いものを伝えたい。そのようなものこそが、子どもをより一層、豊かに育てる力に恵まれているからです。
 そのような絵本が、ごく少ないのですが、確かにあります。けれど、そのような絵本は、一般のイメージにあるような絵本の背後に押しやられていて、なかなか陽の目を見ることはありません。ですから、真にすぐれた絵本と巡り合うには、そのための眼力が必要です。私たちは、専門的な立場でそのお手伝いを続けてきました。
 では、すぐれた絵本とはどんな絵本のことでしょうか。それは、子どもに、どんな良いものをもたらすのでしょうか。絵本の三つの要素―①絵②言葉③物語り―に沿って簡単に述べます。

①美しいものへの感性
子どもは絵本を読んでもらいながら、いっしんに絵を見ています。絵本の絵は、子どもに見つめられるに足る美術であってほしい。そうすることで、美しいものへの感性を育てたいと思います。子どもに媚びた漫画的な絵や、いわゆる〝かわいい絵〟が絵本の絵にふさわしいのではありません。
 この想いのもと、私たち童話館は、絵本の絵を美術として展覧する場として、長崎市内に「祈りの丘絵本美術館」を運営しています。

②言葉を育む
 すぐれた絵本は、洗練された美しい日本語によってつづられています。子どもは、未知の美しい日本語を、親の声で読まれる物語りの楽しさにのせて、身につけていくのです。絵本を読んでもらっている子どもの言葉の発達が早く、表現も豊かなのは、そのためです。
 言葉は、考え、思い、学び、伝えるための手だてです。言葉が豊かになることは考えや学びが豊かになることです。それは、人が人らしく生き、社会のなかで、人とかかわりを持って生きるうえで、どれほど大切なことでしょう。
 これほどにも大切な言葉の力は、乳幼児期の、親から子への語りかけや、絵本を読んであげるという、温かく、人間的なふれ合いをとおして、得られていきます。

③子どもの真の姿を描く
 絵本の①絵と②言葉によってつづられるのは、③物語りです。
 その物語りが、その年ごろの子どもの心の世界と真に響き合っていることが、すぐれた絵本として、子どもに静かに支持されるための、なくてはならない要素です。
 でも、私たち大人は、すでに、子どもの心の世界から遠く離れてしまいました。そこに、絵本を選ぶむずかしさがあります。ですから〝絵本作家〟と自称し、他称される人たちの、ただの思いつきやギャグや、絵日記に過ぎないようなものを、絵本とかんちがいしてしまうのですね。しかも、そのような絵本ばかりが、至るところにあふれていますから。

 それに加えて、たとえば、三才と五才の心の成長には、ずいぶんと開きがあります。そうすると、すぐれた絵本であっても、その子の心の成長に応じていないと、ミスマッチということになりかねません。(それが、「童話館ぶっくくらぶ」の、およその年令ごとのコース別編成に生かされています。)  私たちは、今を生きる子どもの、心の深いところに寄り添い、よりよく生きようとする子どもの心を励ましていく、そんな絵本を手渡していきたいと願っています。

読んであげてください

読んであげてください

 さて、子どもの心の成長に応じた、すぐれた絵本を手にしたとしても、それをそのまま子どもへ渡すのでは、せっかくの魔法の宝の箱は開きません。いつの世も、宝の箱を開くには特別な言葉(おまじない)が必要です。このときの特別な言葉とは、絵本を読んであげる親(大人)の言葉です。

 絵本とは、文字を読めるようになった子どもが自分で読む本ではなく、子どもに読んであげることで生命のかよう本です。
 では〝特別な言葉〟によって開けられた箱に輝く宝のなかから、三つの宝をご紹介しましょう。

①本と仲良しになる
 小学校などでお話をすると、たいてい次のような質問があります。
「うちの子は四年生ですが、本を読みません。(つまり、読めません。)どうしたらよいでしょうか?」
 このことは、文字は読めても本が読めるわけではないことを示しています。どうしてでしょうか。
 本を読むということは、 本の言葉を頭のなかで瞬間的に絵(イメージ)に描き、それを連続させていくことです。それなしには、人は本を読み進めることはできません。
 絵本を読んでもらっている子どものなかでは、目の前の絵本の絵は、読んでもらっている物語りを追いかけるように変化していきます。そうやって、次の頁の絵との間の実際には見えない絵を、まるで映画のフィルムのように、心のスクリーンに映しだしているのです。それができてようやく、物語りを理解し、楽しむことができます。
 子どもが文字を拾い読みする姿はほほえましいものですが、それは、文字という記号を音声に換えているに過ぎず、本を読んでいることにはなりません。

 この「眼に見えないもの(絵)を見る力(想像力)」が、今、絵本を楽しみ、将来、自分で本を読むために必要な力です。その力は、絵本を読んでもらうことによって培われます。これは過保護でもなんでもありません。子どもが、絵本や本と仲良しになっていくためのしぜんな道すじなのです。

②生きることを語る
 およそ五才から七、八才という年令は、子どもが自分をとおして人間を見つめ、また、小学校入学を契機に、社会との接点に立とうとする年ごろでもあります。そんな彼らに、人生の先輩として、親として、語り伝えておきたいことは、さまざまあるように思います。
 親として語り伝えておきたいと願うこと。それは、人前では改めては口にしにくいけれど、人間として大切なこと―愛し、愛される、人間への洞察、正義と善、友情、一歩踏みだす勇気、やさしさ、ユーモア、悲しみや喜びへの共感、支え合って生きる、自然、働くこと…。
 これらのことを語り伝えることで、彼らに、社会への道すじと人生への励ましを語ることができます。そして、このことが、子どもを育てるということの意味なのではないでしょうか。

 けれど、あわただしい暮らしのなかで、そんなに大切なことであっても、子どもに直接語ることはできるものではありません。それに、どのように語ればよいのかもわかりません。そうなのです。そのためにこそ、人間は物語りを生みだし、物語りに託して語ろうとしてきました。その物語りが、現代では、絵本や本になっているのですね。

 一方、この年令の子どもたちは、自分で読める程度の絵本(本)からは、そのように深いものを読み取ることはできません。聞く、話す、読む、書く、という言葉の力のなかで、最も早くに発達するのは、聞く力です。子どもは、絵本を読んでもらえれば ― つまり、聞くことができれば ― ずいぶん深い内容を理解できますし、情感を深めていくことができます。
 私たちは、そのような深さを持つ絵本を選びだし、読んであげることで、親として語っておきたいと願うことを、親自身の言葉で(物語りの言葉を借りて)子どもへ語ることができます。ここにこそ、絵本の最も大切な役割があると、私は考えています。

③愛し、愛される
 子どもに絵本を読んであげることは、さらに大きな恵みをもたらします。それは、絵本を読んでもらうことは、自分へ向けられる直接の愛の表現だと、子ども自身が知っているということです。その時間は、身体も心も親に抱きとめられ、あまえを受け入れられ、親からの丸ごとの愛を感じていられる時間です。家庭で絵本を読んでもらってきている子どもたちの表情が穏やかで、言動にも落ちつきがあるのは、彼らが言葉の愛に満たされているからです。(本当は、これがいちばんの宝です。)

 親と子であれ大人どうしであれ、言葉をとおして心の世界を共有できたと感じられるとき、人と人は深く結びつくのですね。
 幼いころより、言葉をとおして、たましいの奥深くへ届く愛を存分に受けて育った子どもは、自分を愛し、自分と同じように他の人を愛し、信頼することができます。そして、子どもからの、その愛と信頼を一身に受ける親は、その愛と信頼に慈しみを添えて、子どもへ返していきます。それが〝愛し、愛される〟ということです。
 また、そのようにして、折にふれ、人への愛と信頼を表すことのできる子ども、そのようにして成長してきた大人が、他の人から愛されない、信頼されないということがあるでしょうか。

 今の子どもたちの苦しみの多くは、無償の、ただ温かく抱きとめられるだけの愛に満たされていないからだと、私は思います。親の気に入る「良い子」でいることで、その対価として愛情が与えられる、と子どもが感じているのだとしたら……。ここにも、子どもや思春期の人たちによる、社会的な現象や事件の背景があるように思います。
 さりげなく素朴に、絵本を読んであげる。それだけで、私たちは、子どもが切に望んでいるものを手渡すことができます。

 もちろん、絵本を読んであげるのは母親だけの役割ではありません。それに、子どもへ人生や社会への道すじを語るのは、むしろ父親(父性)としての役割ではありませんか。このような時間を子どもと共有することで、父親も確かに親となっていくのです。

以上の「すぐれた絵本を」「読んであげてください」が、子どもが絵本と仲良くなるための前提です。

心の土壌を耕すことから

心の土壌を耕すことから

 親の皆さんからおたずねを受けることがありますが、多いのは早期教育的なものについてです。幼年期のお子さんのいる家庭には〝お話もお勉強も〟のキャッチフレーズのもと、月刊雑誌と教材のセットなどの勧誘が盛んに行われているようです。私は、このようなおたずねには次のようにお答えしています。

①毎月量産される雑誌に、子どもにふさわしい作品を見つけられるか、とても疑問です。それは、幼稚園や保育園をとおして購入することのある、廉価の月刊絵本についても同じです。
 絵本に数多く接することが大切なのではありません。数は少なくとも、真に心に響く絵本に出会うことで、絵本そのものが、子どもにとってかけがえのないものになります。レベルの低い絵本は、かえって子どもに、それらへの興味を失わせるでしょう。

②また、〝お勉強も〟に魅力を感じておられるのかも知れません。「小学校へあがって人並みにやっていけるように…」という、親としての気持ちはよくわかります。でも、「早くに走りだせば、それだけ多くの実りが得られる」というほど、人間は単純にはできていないようです。
 就学前の幼児教室や塾も盛んなようです。でも、子どもの、人としてのしぜんな成長にそぐわない、人工的で非科学的な〝教育〟は、実を結ばないばかりか、いずれ、なんらかのひずみとなって、子ども自身に表れるおそれがあります。
 このことを、ここで詳しく述べるゆとりはありませんが、ひと言で言えば、この年令の子どもは〝お勉強〟をする時期ではありません。そうではなくて、近い将来、勉強ができるようになるための土壌を、深く耕していく時期です。耕されていない大地に種をまいたところで、力強い苗が育つでしょうか。
 子どもは今を生きる人です。今を存分に、子どもらしく生きることが未来につながることを思っていましょう。

真に学ぶ力を

真に学ぶ力を

 絵本は楽しむものです。心を高く押しあげていくものです。そのことを忘れてはいけませんが、実は学びについても、結果として、いくつもの恵みをもたらします。

①言葉の力(豊かな語彙を使って、考える、表現する。)
②言葉をつなげて新しいものを組みたてる力(思考力)
③お話を集中して聞く力
 (学校での学びは、ほとんど先生の言葉を聞くことで成り立っています。)
④抽象的な思考力・想像力
⑤活字や本への親近感
⑥知的な好奇心 / ………。

 一年生の担任を経験してこられた、ベテランの小学校の先生の言葉です。「毎年、クラスに一人くらいは、おうちで絵本をよく読んでもらってきたんだね、とわかる子がいます。教師の話をまるで吸い取るように聞いています。そんな子は、もともと〝絵本を読んでもらうようにして育てられて〟いますから、学習をはじめ、全般にわたって、まず心配のない子ですね」
 本当に大切なものは、おのずと、あとからついてくるものです。そうやって身についたものこそ、真に力を持つのですね。

工夫と動機づけも

工夫と動機づけも

 現在のように、子どもの周りに、子どもの関心をそそるものが多くあると、子どもと絵本を近づけるにも、工夫と動機づけが必要です。
 自分のところのことで恐縮ですが、「童話館ぶっくくらぶ」が、わが国最大の絵本の配本システムとして支持されてきた背景には、この動機づけがあったからでしょう。それは、次のようなことです。

①その子に合ったすぐれた絵本が、
②毎月、継続的に、無理なく、
③自分の名前の小包で届く。(それも長崎から。子どもは、小包を楽しみにするうち、いつしか中身の絵本を好きになっていくというわけです。)

家庭に静かな時間を

家庭に静かな時間を

 これまで述べてきましたように、絵本は子どもに、人としての力と恵みをもたらします。そしてその副産物のようにして、親と子の結びつきを深めていくのです。けれど、一方で、この絆を危うくするものも、家庭には存在します。
 それは、スマートフォンやテレビなどの電子メディアです。スマートフォンで遊ばせ、テレビでもついていないと子どもとの間がもたない、ということもあるでしょう。でも、乳幼児期から、スマートフォンやテレビに長時間、接していると、子どもの言葉の発達を遅らせ、意欲や集中力や思考力など、人としての力を弱めていくばかりです。
 スマートフォンを子どものおもちゃがわりにするのはもとより、子どもの前では、できるだけテレビを消してみませんか。そうすることで、きっと、子どもとの新しい〝出会い〟があると思います。おしゃべり、お絵描き、折り紙やあやとり、散歩やお手伝い…。
 どうぞ、家庭に静かな時間を取りもどしてください。その静けさのなかから、家族の本来の姿がよみがえってきます。

 そのようにして、子どもとふれ合い、語らい、遊び、絵本を読んであげてください。そうすれば、何も心配することはありません。そのことを、「童話館ぶっくくらぶ」の絵本とともに育った思春期・青年期の人たちが、今、その人なりの言葉で語ってくれています。
 すぐれた絵本の物語りには、先に生きた人々の、子育ての知恵が語りこまれています。絵本のある子育てをとおして、親だけの孤立した子育てから、多くの人々の経験や知恵とともにある子育てへと、提案したいと思います。

赤ちゃんと、絵本と、静かな時間。

赤ちゃんと、絵本と、静かな時間。

赤ちゃんと、絵本と、静かな時間。

 赤ちゃんとの、あわただしくも、楽しい日々を過ごしておられる皆さんに、赤ちゃんと絵本について、語りたいと思います。

赤ちゃんへの最高の贈りもの
 赤ちゃんは、お父さん、お母さん、たくさんの人の祝福を受けて、この世に生まれました。そんな赤ちゃんには、すでに、感じる力が備わっています。その感受性をいっぱいに開いて、自分を祝福し、自分に寄り添ってくれる人たちの心を感じとろうとしています。そして、自分が生まれたこの世界は、いったい、どんなところかを、耳をすまして知ろうとしているのです。
 こうして赤ちゃんへの最高の贈りものは、祝福と静けさです。

 赤ちゃんが目覚めている間は、テレビなど人工の音は消しましょう。赤ちゃんは、静けさのなかから聞こえてくる、お母さんの立ち働く音、風のそよぎ、小鳥のさえずり、街のざわめき……に耳をそばだて、人と世界につながろうとしています。
 人工の音から赤ちゃんを守りましょう。テレビの害は、まずは音です。家族がテレビを見る時は、音量を下げるか、イヤフォンを使うのをおすすめします。
 こうして、赤ちゃんは、語りかけられ、子守り歌をうたってもらい、お世話してもらうことで、ここは確かに自分の居場所だと、安心します。そうやって、心を深くしていきます。

この世界を品よく紹介する
 語りかけ、ふれ合って遊ぶなかで、赤ちゃんへ絵本を読んであげるのは、とても良いことです。絵本をとおして、心の響き合いをつくっていけるからです。
 生後六か月くらいでしょうか。そろそろ、赤ちゃんは言葉に興味を持ちはじめます。その時、お母さんの手に「あなたはこんなに歓迎されていますよ。あなたが生まれた世界はこんなところですよ」と語ってくれる、品のよい絵本があれば、どんなによいでしょう。

 もちろん、私どもは、品のよい、質の高い絵本を、赤ちゃんと、親の皆さんのもとにお届けしたいと願っています。でも、実のところ、赤ちゃんのための絵本を選ぶのが、いちばん、むずかしいのです。赤ちゃんは何も言ってくれませんから。

焦らないで、さりげなく
 では、赤ちゃんと絵本について、アドバイスを差しあげましょう。
①ふつう、一才くらいでは、絵本を読んであげようとしても、絵本に関心を示さなかったり、頁を次々と自分でめくったりすることがあります。
 それは、絵本に慣れていないか、絵本が自分にとってなんなのか、まだ、わかっていないからです。無理に押しつけないようにしましょう。
 ですから、がっかりすることはありません。これから、なのです。

②この時点で、スマートフォンやテレビなど、赤ちゃんの関心を根こそぎ持っていくものに接していると、もの静かで、感性を働かせねば味わえない、絵本のようなものと仲良しになるのは、よけいむずかしくなります。
 赤ちゃんや幼いひとが、スマートフォンやテレビに反応を示しているのを見て、親は、「この子はわかってる!」と思いがちですが、それは違います。その刺激的な映像に反応しているだけです。その刺激が強すぎるから、身体まで動いてしまうのですね。

③なにより、その絵本が赤ちゃんにふさわしい絵本なのか、見直してみましょう。

④いつも、さりげなく、赤ちゃんの周りに絵本があるように。絵本と遊ぶような気持ちで、絵本を親しいものにしてあげましょう。

⑤赤ちゃんが絵本に興味を示しはじめたら、絵本のなかの、今読んでいるところ、物、生きもの、人などを指さして、理解を助けながら読むのもよいことです。この時期の絵本であれば、絵をとおして、自由にお話をしても差しつかえありません。

⑥絵本は、赤ちゃんや幼いひととの、ふたりきりの時間の、恰好の息抜きになってくれます。絵本には、絵やお話という具体的な舞台が用意されているのですから。

大人として、知らず知らず ひきこまれていく絵本こそ
 最後に、お断りと、お楽しみを。赤ちゃんやもう少し大きくなったころの絵本(「童話館ぶっくくらぶ」でいえば「たんぽぽコース」や「小さいいちごコース」くらい)は、大人にとって、そんなにおもしろいものではないかも知れません。それはそうです。赤ちゃんに伝わるように、ごくシンプルにつくられていますから。

 でも、少し待っていてください。三才くらいの絵本(「大きいいちごコース」や「小さいくるみコース」くらい)になると、ぐっと、おもしろくなってきます。そして、年令をひとつ重ね、コースをひとつ上がるにつれて、大人にもふれていてほしい絵本が次々に届けられます。
 そのような絵本に行き着いてはじめて、子どもも、親の皆さんも、絵本の、真に豊穣で力強い世界と出会うことになるでしょう。その出会いをつくることが、「童話館ぶっくくらぶ」の使命です。

父親は、子どもに、絵本を読んであげて、親になる。

父親は、子どもに、絵本を読んであげて、
親になる。

父親は、子どもに、絵本を読んであげて、親になる。

父親の皆さん、「絵本なんてねぇ…」とお思いですか。「絵本は母親が読んであげればいいし、それに、〝あんなレベル〟のものにはつき合えないよ」とも。それも仕方ありません。〝絵本は子どもと母親のもの〟というイメージがありますし、おまけに、世の中に出回っている絵本は、ふつうの感受性を持つ大人であれば、鑑賞に堪えそうもないものがほとんどですから。
 それでも、父親の皆さん、子どもに絵本を読んであげてください。もちろん、私どもは、父親の皆さんが言葉にして読むに値する絵本をお届けします。そして、子どもに絵本を読んであげる意味は、この『ここに、こんなに かけがえのない 親と子の宝があります。』に書きました。

父性としての絵本
赤ちゃんや幼いひとにとって、母親の情愛はなくてはならないものです。けれど、およそ五~六才くらいからでしょうか。子どもは、自分をとおして人間を見つめ、社会との接点に立ち、やがて、自分の力でこの社会を生きはじめようとします。そのとき、私たち親は、子どもに、この荒野のような社会を進むための道標を示すことができるでしょうか。
 子どものためのすぐれた絵本には、おもしろい物語りのなかに、そっと秘められるように、人生と社会への道案内が語られます。そして、子どもに人生と社会への道案内を語るのは、むしろ、父親(父性)の役割でしょう。

 とはいえ、子どもが大きくなって、いざ、絵本を読んであげようとしても、なかなかうまくいきません。そのころになると、父親も子どもも、互いに照れくささを感じてしまうからです。ですから、赤ちゃんや幼いころから、絵本とのしぜんなつながりをつくっていくことをおすすめします。
 絵本を読んであげるのは、最初は抵抗があるかも知れません。でもすぐに、父親節とでもいう絵本読みで、子どもをひきこんでいくことでしょう。

子どもを愛する方法・父親を愛する方法
子どもは、父親の胡坐にすっぽりと納まり、母親からの情愛と同じ快さを味わいながら、同時に、父親の、絵本を読む言葉をとおして、物語りのおもしろさとともに、人間と人生への―その光も影も含めて―真実を語られていきます。その時間の重なりのなかで、父親は、子どもを愛する方法を見つけたことを知るでしょう。子どもは、父親を愛する方法を得たことを知るでしょう。
 このようにして築かれていく信頼と結びつきは、生涯、消えることはありません。そして、必要なときがくれば、たとえば思春期、青年期のころの困難に際し、かつて絵本の物語りをとおして共有された言葉によって、父親と子どもは、その折々に大切なことを語り合うことができます。そのとき、父親は、父親としての役割を果たし、本当の意味で親になるのだと思います。