企画展

2階大フロア 企画展示

- 追悼記念 太田大八「西遊記」絵本原画展

追悼記念 太田大八「西遊記」絵本原画展
プロフィール - 太田 大八(おおた だいはち)1918~2016年

1918年大阪に生まれる。幼少年期を長崎県で過ごす。多摩美術大学在学中に第二次世界大戦勃発。広島の近郊で原爆を体験。戦後まもなくから絵本や子どもの本の挿絵を描き、以後、半世紀近くにわたって、子どものための創作を続けている。線描から日本画を思わせる繊細な水彩さらに油絵に至るまで、作品によって多彩な画風を用いている。

しかし、対象が子どもだからといって、甘さや妥協を許さない芸術性の高い作品が多い。多くの受賞があるが、1999年、長年の子どもの文化への寄与により、モービル児童文学賞を受賞。作品に『かさ』(文研出版)、『やまなしもぎ』(福音館)、『絵本西遊記』(童心社)など多数。2016年8月 死去。

2階大フロア 常設展

- 東平哲弥 / 展示作品数:約2点

東平哲弥
プロフィール - 東平 哲弥 (とうべい てつや)

1935年 長崎市に生まれる。
1951年 東光会展に入選(16才)
1953年 長崎東高校在学中、野口彌太郎に師事。独立美術展に入選。
1954年 高校卒業と同時に浜屋デパートで初めての個展。上京。
1955年 水彩連盟展に初出品受賞。中村忠二と伴敏子に出会う。
1963年 フランスへ留学。パリ国立美術学校に学ぶ。ル・サロン、パリ・アンデパンダン展などに出品。
1967年 帰国。翌年、帰国展を銀座文芸春秋ギャラリーで開催。中村忠二と伴敏子との親交を深める。
1969年 画家仲間3人と青樹会を創立し、東京日本橋高島屋にて、7年連続の展覧会。以後、無所属の画家として、各種の個展、グループ展、企画展で活動。
2013年 「祈りの丘絵本美術館」にて東平哲弥交流展~中村忠二・伴敏子」を開催。

2階小フロア 常設展

- 中村忠二・伴敏子/中村忠二の原画点数:31点・伴敏子の原画点数:6点

中村忠二・伴敏子
プロフィール - 中村 忠二(なかむらちゅうじ)1898~1975年

1898年 兵庫県飾磨郡に生まれる。小学校卒業後、電信通信術を習得し、郵便局に勤める。
1915年 大阪に出、独立生活を始めるが、薄給と送金の為、たびたび絶食。
1918年 上京。
1919年 東京本所の郵便局に勤務、日本美術学校に入る。
1926年 海外航路の無線電信オペレーターとして翌年春まで航海。
1928年 詩集『願望』出版。
1931年 画家・伴敏子と結婚。帝展に油絵で応募するも落選。警視庁電信部に勤務(~1953年)
1943年 敏子と夫婦関係を解消(共同生活は続行、翌年復縁)
1951年 水彩連盟会員に推挙。
1952年 第二詩集『探求』を自筆で完成。
1955年 離婚を決意。練馬区向山に移る。
1957年 水彩連盟退会。昆虫の連作、多くなる。種々の縁を絶ち完全孤独となる。
1958年 伴敏子と復縁。モノタイプを制作。
1962年 詩画集「生きるものの漫画」3集完成。
1965年 小品のみで約3000枚6冊の「俳画小品」完成。
1967年 モノタイプに専念。この頃から小品画に短詩を付けた詩画制作に没頭。
1971年 『虫たちとともに』自費出版。
1973年 『秋冬集』『春夏集』自費出版。敏子と再々度の離別。
1974年 『虫と花』自費出版。
1975年 2月末、心不全で倒れ急逝。
1976年 『花と蟲とピエロと』東京新聞出版局より刊行。
1978年 兵庫県立近代美術館、高岡市立美術館で展覧会開催。

プロフィール - 伴 敏子(ばん としこ)1907~1993年

1907年 東京都に生まれる。
1924年 小寺健吉氏のアトリエに通う。
1930年 画家・中村忠二と結婚する。
1933年 二科展初入選。
1940年 銀座菊屋画廊で二人展開催。
1942年 中村忠二と夫婦関係を解消(共同生活は続行、翌年復縁)
1948年 数名で、墨洋会を興す。
1951年 水彩連盟十回展に出品、会友となる。
1955年 水彩連盟会員となる。中村忠二と離婚。
1958年 中村忠二と復縁。
1973年 中村忠二と再々度の離別。
1975年 中村忠二、急逝。
1979年 画業50周年記念展を銀座にて開催。
1985年 東平哲弥の母に逢うべく長崎旅行。
1988年 自伝「断層」を出版。
1993年 東平哲弥の家族に看取られ、死去。